
「ホークー・レッア 1979」(1:誰も来ない部屋)
川面の水草が映え、セルリアンの空にひつじ雲が広がる、マノアの或る初夏の日に見守られて、コーサフは、ファイルに綴られた一つの資料を見直していた。
窓明かりに安らぎを感じながら、資料の三つの写真、四つの写真を眺めては、そこに書かれた文章を読み進めた。
庭では白いプルメリアの花が、通り過ぎる風や、揺れ動く木の葉と一緒になって、柔らかい陽の光を楽しんでいる。
コーサフは、誰も来ない部屋でひとりで過ごす、この貴重なひとときに、とても神聖な響きを感じていた。

僅かなこの時間が、与えられたひとつの恵みだと知ると、より深遠さが増してくる。そしてそれは早朝の散歩のように風を追っていくこともない。
1979年の夏、コーサフは、1868年から1924年までのハワイの日系移民の人たちが着ていた衣服を、東アジアの衣装資料として、聞き取りの調査を始めようとしていた。
外からの穏やかな日差しが、何かしら無条件に与えられた約束でもあるかのように、窓からのひとつの影を少しずつ長くしていく。
この調査は、ハワイの日系移民一世の人たちの、被服に対する風習とその変遷を知ることにあり、それは今まで学術的に誰にも取り上げられることはなく、抜け落ちていた。

資料から顔をあげると、コーサフは、ふと息をついて目の前のコップに半分ほどの水を注いだ。水差しは、太い縦縞模様が刻まれたガラス製で、中に入っている常温水にどこかしら天然の涼し気な感じを与えている。
縁のまわりに、五つ葉のモチーフを、六つ配した陶器のコップを手に取り、コーサフは、その水を口に含んだ。常温に保たれた水は、彼女の体の中で次第に浸透していった。


